Apr 9, 2010

ボランティア終わりに

ウィスラー選手村の中で、誰かが勝手に積んでいた石。
大会シンボルマークのイヌクシュクと同じ作り。
そして日に日に増えていったのでした。

4月になってもまだオリンピック&パラリンピックネタが続いていて、もう古いよ!って思う人も多かったのでは。最近物事が色々スローペース(毎日出かけているせいもある)で、なかなか書き進まなかったのと、期間中は書けないことも多かったせいもあります。しかし、Vancouver2010についてはここでひとまず終了、です。


実際にボランティアをしている間は、所在地や仕事内容を敢えてはっきりと書かずにおきました。もちろん、一般向けのイベントなんかはもちろんそのまま書いてOKだったのですが、選手村の中はプライバシーもありますしね。

というわけで今頃はっきり?書くと、ボランティア中の仕事場はもっぱら選手村の中(オリンピック=ウィスラー、パラリンピック=バンクーバー)でした。で、何をしていたかというと、どちらも日本選手団の本部のお手伝い(何でも屋さんのような・・・運転含めて)。もちろん、選手の皆さんと接する機会もありました。私がいたところでは、オリンピック/パラリンピック選手と言えども、皆さん総じてとてもフレンドリー、ごくごく普通のお兄さん、お姉さん、という印象でした。あ、パラリンピックの時には選手最年長(75歳!)のカーリング選手、比田井さんもいらっしゃいましたけどね!

ところでこの職種、応募はNOC/NPC Servicesというカテゴリでしました。どの選手団の配属になるかはVANOC側の裁量によるものでしたが、もちろん「その国の言語が話せる」というのが最大の決定要因になるので自動的に日本チームに・・・ただし、チームメイトは全員が日本人または日系人、というわけではなく、特にパラリンピックの時は半数がNon Japanese Speaker、あるいはアヤシイ日本語を喋るガイジン(本人談:笑)でした。それでもさすが多文化都市バンクーバーだけあって、これだけの日本語スタッフを確保できた大会は今までになかったということ。あ、日本人じゃなくても日本語が普通(にペラペラ)のスタッフ(日本に長く住んでいた、奥さんが日本人、とか)も、どちらの大会も複数名いました。いるんですねー、こういう人けっこう。というわけで、職場環境は怪しい日本語半分、怪しい英語半分(笑)。

応募条件が要普通免許(BC Licenseの場合はClass5)というだけあって、バンクーバーとウィスラーの往復(もちろん自分達でVANOCカーを運転して)はそれなりに、いやかなりありました。それでもヘナチョコドライバーの私は比較的中にいさせてもらった方なのですが・・・。特に夜暗くなってからや雨の中のSea to Sky (HWY99)の運転は神経を使いますし、さらにオリンピックの期間中は本来2車線の道路を無理やりポールを立てて(!)3車線にしていたので、そりゃあ運転しづらいったらありゃしませんでした。ぐったり疲れているスタッフもかなりいました。中に1日2往復、3往復なんて人も・・・片道120kmぐらいの道のりです。年齢的にも決して若くない(というかリタイア後の人がほとんどだったぐらい)のに、皆本当によく頑張りました!

日本から来た日本チームでのお仕事は、私のような日本育ちには当たり前のことでも、カナダ人スタッフには「???」ということもまぁ多少はありました。住環境に関しては、日本人基準はとてもクリーンなので、時には一日に何度もハウスキーピング呼ぶことにもなったり。(これのどこが問題なの?と言いたげな現地スタッフを丸めこむのがまたお仕事で。)だけど全般的に、日本人は団体行動がとってもオーガナイズドされているのでやりやすい!という声が多数。シフトは事前に(まぁ前日までには)きっかり決まるし、その日に来てみたら仕事がなかったなんてことも、皆の行動がバラバラで所在がつかめないなんて事もありえない。他の国のチームでの経験があった人なんて特に「なんて世話の焼けないチームなの!」と感心しきりでした。いろんな意味でカナダ人チームメイトたちには新鮮なカルチャーショックだった様です。

日本語が話せても話せなくても、日本人は日本人らしい細やかさで、カナダ人たちはこれまた得意のホスピタリティを発揮しつつ、皆素晴らしい仕事をして選手団の人たちを唸らせていました。オフの日に自主的に観光ガイドを買って出た人もいたぐらいで・・・。最後には、本部の方達にぜひこの次(ロンドン)でも同じメンバーでやって欲しいとまで言ってもらえ、私たち感無量!でした。

それから期間中も書いていましたが、お仕事の役得で見られた試合の現場は数多く・・・私たちは職種の必要上どの会場にもアクセス権を持っていたので、あちこちに出没していました。もちろん(仕事上の必要がない限り)客席の中には入れませんが、特に屋外の会場は客席外からでも十分堪能できる場合が多かったので・・・私たちには最高のご褒美でした。もちろんそのためにやっているわけではなかったのですが、ここは本当に「役得」という感じでした。


1ヶ月あるいは2ヶ月をボランティアに費やすのはやはりなかなか難しいことです。生活も不規則になりますしね。だけど、何事にも換え難い経験ができるってことだけは言えます。大会が行われるたびに世界を転々としながらこの仕事に携わり続ける人がいるっていうのも納得できます。

私の場合はたまたまこの時期にバンクーバーに住むことになったので、じゃあ記念に・・・という感じでしたが、やっぱり応募して良かった!こんな経験はもう2度とできないかもしれないし、あるいはいつかまた、どこかで・・・


カナダチームのマスコットのムース(これはバンクーバービレッジのもの)。
大会後に梱包されていました。この後どこへ行ったのか・・・


そのうちまたポロっと思い出話が出てくるかもしれません。

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2 comments:

shiki said...

はじめまして。

今までコッソリ読ませて頂いてました(^^;)

ご懐妊、おめでとうございます!!
一言お祝いを申し上げたくて
コメントさせて頂きました~。

オリンピックもお疲れさまでした。

これからも楽しみに読ませて頂きます♪

orange said...

>shikiさん

はじめまして。どうもありがとうございます!もちろんこっそり読んでいただいていても嬉しいのですが、コメントいただけるとさらに嬉しいです♪

またどうぞ遊びに来てくださいね♪